スピリチュアルな自分史 霊的な扉を閉じて再び開く | so happy

スピリチュアルな自分史 霊的な扉を閉じて再び開く

スピリチュアルな自分史 先日入院中の父 が自分史 を書いていたのですが、読んでとても面白かったと思いました。

今回、自分史を書いてみたくなったのは、どういう流れで スピリチュアルな道を歩んだ のか、明確にしたかったためです。

実際、今の私は、過去のとある事件(玉突き事故)を境に、魂が入れ替わったような印象 ウォークイン に近い経験があります。過去から今に至るまで、どうやって変化したかを整理するために書いてみました。前半です。

 

スピリチュアルな自分史

 

スピリチュアルな自分史

742680 / Pixabay

 

1970年

  • 生まれる前に、大阪万博に遊びに来た家族の様子 を見に来ている。

1972年

  • 京都西京区の桂病院で 生まれる。
  • 出産時逆子だったのに、自力で頭から生まれたらしい。母が、親孝行を果たした と言ってくれた。
  • 父にチュッとされることに、逃げようとしてジタバタするものの、寝返りが打てなくて困ったという記憶 が残っている。

1975年

  • 熱にうなされたとき、巨大な数字が空から降ってきた。これが始まると熱が下がることを 3歳位 に自覚していた。
  • 公園で、一人砂場で泥団子を作って遊んでいたとき、別の存在達がいることを知っていた。なので、寂しくなかった。

1976年

  • 過去世の夢を見た。幽体離脱かもしれない 体験と金髪の宇宙人の話 ここに書かれている話。夢では成人の金髪女性として登場。髪は肩くらいまであり、白いローブを着ていた。ベルトは、紐のようなものだった。素足にサンダルという、古代女性のファッション。そこで、殺された。ナイフが体に食い込む金属の感覚がリアルだった。という夢をみて、起きたときに幼稚園の自分だと気付いた。父と母が近くにいたため、ほっとして大泣きした。ということを今でもしっかり記憶している。
  • この時期、テレビではネガティブUFOキャンペーンが始まっていたようで、ブラウン管のテレビでは、しきりにUFOにまつわる恐ろしい番組が流れていた。それから、心霊写真集が何故か家にあった。とにかく、霊的な次元と接触することは恐ろしいと思い、ここで霊的な意識に蓋をしたことを今でも覚えている。
  • キリスト教会に通っていたため、毎晩家族と親戚、それからどこまで祈ればいいのか分からなくなったため、世界のために祈ることが日課となった。数週間ほど続いた。その理由は、キリスト教を信仰していない人は、天国に行けないと教わったため。それでキリスト教の教えは間違っていると思いつつも、心配だったので、世界中の人が天国に行けるように祈ることにした。

1989年

  • イラスト科の学校に行きたいと思ったところ、絵を習わせてもらえた私は、色彩の勉強を始めた。そのとき、何度も透明な感覚に、透明な色が重なるようなテイストの絵ばかり書いていた。それで、宇宙の始まりについて、ふと考えることになった。もしかすると、宇宙の始まりは透明のカラーの色みたいな光でできているのかも。と。でも、それでは重力についてどう考えればいいのか、困った。でも、光の集合体で宇宙が出来たんだと思った。このとき、初めて宇宙に思いを馳せた。
  • 友達の家に泊まった時。泊まった部屋は、一階。部屋の窓が別の方角に二つあり、ひとつの窓には、空き地が見えた。もうひとつは、住宅街の道路が見えた。この窓の外は、真っ暗だったのだけれど、不思議なことに、窓が交互に明るく光った。最初は、ゆっくりのテンポだったのに、段々速度を上げていった。怖くなった私と友人は、部屋の電気をつけた。次の日、その話をしたところ、突然、突風が吹いた。数年前にこの話を友人にしたのだけれど、友人は全く覚えていなかった。
  • 初めて、UFOを目撃した。付き合っていたボーイフレンドとドライブに行った帰りに、夕日に怪しい光を目撃。変な動きをしていた。疲れていた私達は、「UFOだね。」と言っただけで、感動もなく興奮もなく、違和感を覚えることなくといった感じだった。今思うと、貴重な体験だった。誰かと一緒に目撃したのだから。

1992年

  • 美術とは、全く関係のない会社に就職。とにかく、ここで自分の不甲斐なさにようやく気付いた。逃げる毎日を送り続けていたような気がする。ここで、自分を見つめたいと西洋占星術の本や、スピリチュアルの本を手にした。でも、今のようにマニアックなものではなく、上手な生き方をするには、どうすればいいのか?といった、江原さんみたいな簡単な言葉で教えてくれる本を好んだ。ここで、少しずつ西洋占星術にハマっていく。

1997年

  • 結婚して、子どもを出産。他の子どもたちと違うということで、家族から主人の家族からも心配される。ここで、精神的に追い込まれていく。

1999年

  • 子どもも話さないままで、主人や家族との間に溝が出来て、近くのカウンセラーを頼りに通うことにする。
  • カウンセラーさんは、普通のお薬を出してくれるようなところではなかったようで、前世療法や、クリスタル療法などを提案してくれた。前世療法は、テレビで放送されて、興味を持ったところだった。でも過去世は思い出さなかった。クォンタム瞑想では、しっかり誘導できているため、誘導方法が間違っているわけではないと説明された。
  • 練習をすることによって、クリスタルからけむりが見えるようになる。と言われて、カウンセラーの先生に、クリスタルを触らせてもらった。これが、クリスタルと初めての出会いとなる。ここで、私はすぐに煙が見えたので、先生に伝えると「うそ」と言われた。そこで、嘘かもしれないと思ったが、見えていた。

2000年

  • 結局、家族や主人との折り合いが悪くなり、修復不可能なところまで行ってしまい、別居することになった。この後4年後に、離婚届けを出すことになる。そこから、働かなくてはいけなくなり、外でバリバリ働くことになった。ここで、ひとまず自分の状態が良くなったと感じることが出来た。また、独身時代よりも、仕事が出来るようになっていた。ここが謎である。

2005年

  • 職場の友人が、助けを求めてきた。「幽霊が見える」と。それで、職場の何人かが残って、幽霊を探すことにした。でも、だれも見つけることが出きず、友達が震えているだけだった。ここで、話をしていたとき、ドアからノックの音を私だけ聞いた。でも、だれもいなかった。怖くなって急いで家に帰った。その日、再び、三回、ドアのノブを回す音が聞こえてきた。次の日、こんな事があったと伝えたところ、「職場の幽霊がいなくなった。お持ち帰りしたみたいだね。」幽霊騒ぎを起こした友人にそう言われた。
  • 職場全員が、ほぼ霊感のある人達だと分かってきた。と言っても、入れ替わり立ち代わりの激しい職場で、何回目かの人たちが入ってきたときに、霊感グループみたいな職場になってしまったようだ。
  • 職場のビルがお店であることを知らなかった。このお店は知る人ぞ知る、クリスタルの店ということで、EXILEのあつしさんもご用達の店だったようだ。私は、過度期を迎えて、八方ふさがりな人生に突入していたため、あつしさんが買ったという、イエローの六芒星のカットクリスタルを購入した。凄く高かった。でも、何かが起こるという感じが全くしなかった。ちなみに写真にオーナーさんとあつしさんが写真を撮っているものがあちこちに飾られていたので、ウソではないようだった。この時、今ほど有名ではなかったEXILE。こんなに大きなグループになるとは、このとき知らなかった。ということを今書いていて思い出した。後ほど、ここの会社をやめて、家の近くの工場で働くことにした。
  • ここで、アトランティス文明 の崩壊時 に、爆発スイッチ を押したという人や、宇宙人とコンタクト をとっている ヒーラーさんに出会う 。宇宙人コンタクトをとっているヒーラーさん は、とてもすごいエネルギー を感じた。その人がいる空間にいるだけで、疲れが吹っ飛ぶという不思議な体験をした。アトランティス崩壊時 に、爆発スイッチを押したという人とは、そりが合わなかった。この人に嫌われている ということだけは、わかった。

2007年

  • 今の主人と出会う。そこから、また激流に飲まれるような人生 に進み始めた。
  • 車を購入したその日に玉突き事故に巻き込まれた。ここから、間違った方向に進み始めたのか、それとも、宇宙意識 に向かい始めたのか、とにかくこの玉突き事故後から、覚醒したかのようにスピリチュアルな世界に足を本格的に踏み入れることになっていった。この時、全治数か月 という診断書の元、三か月ほど接骨院 で 電気 と 整体の治療 をしてもらうこととなった。よくよく考えてみると、毎日ここまで 電気を体に通す経験 というのは、生まれて初めてかもしれない と書いていて思った。もしかすると、この電気 と、玉突き とか、いろいろとかが重なって 、古い自分と新しい自分が切り替わっていたのかもしれない。ウォークイン に近い経験だ。魂の入れ替え は、2017年に完了したような気がする。

2008年

  • 確か、この年だったかと思う。リコネクション・ヒーリングを受けた年が…。今思うと、宇宙脳が開いたのは、このヒーリングを受けたから だと、今日気づいた。このセッションを受けること にするつもりはなかったのだけれど、いろんな menu があったので、どれにしていいか迷った。そこで、ヒーラーの先生 に決めてもらうことにした。先生は、リコネクション がいいと思うと言ってきた。正直、リコネクションの知識に 乏しかったのだが、なんとなくリコネクションのヒーリング は、宇宙のエネルギー ということだけは分かった。
  • ヒーリング時に見えたビジョン だが、こんな感じだった。「筒上の穴が見えた。その先は、とある病院の天井が見えた。マリア様のような女性と、いろんな姿のモンスターが筒状から私を観察していた。」これを先生に説明すると、「やっぱり、あなたこっちの人ね。」と言った。「なんだろう。こっちの人というのは、…」と、そのとき思ったのだけれど、今思うと、ET系 だということだという事だと思う。
  • 当時は、エンジェル系 で 有名なドリーン・バーチューさんに夢中だったため、「私は 使の生まれ変わりだ と信じたかった。」でも、違ったらしい。
  • ライトボディの目覚めを購入。この本は、当時お世話になったそのヒーラーさんに教えてもらった。ここに書かれている祈りを唱えた後、雷が家のすぐ近くに落ちた。凄い雨が突然止んだという、不思議な経験をしたことを思い出した。

ここまでが、インターネットでブログを書くまでのスピリチュアルな自分史となります。インターネットでブログを発信してからの、自分史は尻つぼみな感じなのですが、多くの人たちと繋がり不思議な体験をすることができました。また、第二弾を書きたいと思います。

 

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